このページではクルアーンの主な登場人物を紹介します。クルアーンは旧約聖書、新約聖書の続編的位置付けの本であるため、神の世界創造で誕生するアダムをはじめとする聖書の重要人物の説話が繰り返し語られます。その多くが「聖書ではこうなっている。でも実は本当はこういうことなんだ。」という形で、アッラーフが微妙に修正を加えた形で語られます。しかしこれは、元々どんなエピソードだったのかを知っていないとついていけません。そこでこのページでは、クルアーンで繰り返し語られる聖書の重要人物をざっくりとご紹介しようと思います。なお、かっこ内はクルアーンでのアラビア語の読みになります。
紹介する人物は次の通り。
1神(アッラーフ)、2アダム(アーダム) 、3ノア(ヌーフ)、4アブラハム(イブラーヒーム)、5モーセ(ムーサー)、6ダヴィデ(ダーウド)、7ソロモン(スレイマーン)、8イエス(イーサー)、9ムハンマド
目次
クルアーンの登場人物を整理するにあたって意識しておきたいこと!
このページで紹介する人物は、イスラム教においてはすべて神の言葉を預かる預言者とされています。聖書やクルアーンを理解するにあたって特に注意しておいていただきたいことは、彼らの「血のつながり」と、「後の登場を予告する預言」です。
まず「血のつながり」についてなのですが、旧約聖書によると、初代アダムから始まった人間の血は、 第10世代ノアの時代にノアの一族以外は洪水で全滅します。その子孫第20世代アブラハムにはイサクとイシュマエルという二人の子ができますが、このイサクがすべてのユダヤ人の始まりとなる一方で、イシュマエルはすべてのアラブ人の始まりとなります。後のモーセ、第34世代ダビデ、第35世代ソロモン、第62世代イエスたちはみなイサクの子孫ユダヤ人であるのに対し、紀元570年頃に登場するムハンマドはイシュマエルの子孫アラブ人ということになります。
もう一つ注意していただきたい事が「後の登場を予告する預言」です。預言には人物の到来をする預言というものがあり、その預言通りに人物(預言者など)が現れる、ということが起こるのですが、元々あった聖書に対し、クルアーンではアッラーフが様々な修正を加えます。
聖書ではユダヤ人預言者たちがダビデの末裔から救世主が現れると預言し、その預言通りに救世主イエスが登場します。これに対しクルアーンでは、アダムに対し「子孫へのクルアーンの啓示の予告」を預言させ、イエスについては神ではなく預言者であるとしたうえで「預言者ムハンマドの到来」を預言させるという修正を行います。そして預言通りにムハンマドが登場しクルアーンを伝える、という立場をとっています。
このあたりを整理した上で、このページの登場人物やクルアーン本文を読んでみると理解しやすいと思います。重要なことなので意識しておいて下さい。
[主な預言者の系譜]
クルアーンの登場人物!
1 神(アッラーフ)
旧約聖書で世界を創造した神ヤハウェのことです。イスラム教においては呼び名が異なりますが同じ神様をさします。モーセやイエスを通じて人々に神の言葉を授けてきたが、ユダヤ教徒もキリスト教徒も神の言うことを聞いていない。だからこそムハンマドを最後の預言者として神の言葉を預ける、としてムハンマドに様々なことを語りかけます。各宗教によって神の呼び名が異なるため少し整理しておきます。
普通名詞 | 固有名詞 | 中心聖典 | 聖典言語 | 偶像崇拝 | |
ユダヤ教 | エロヒム | ヤハウェ | 旧約聖書 | ヘブライ語 | 禁止 |
キリスト教 | ザ・ゴッド | イエス(三位一体) | 新約聖書 | ラテン語 | カトリックのみ可 |
イスラム教 | アッラーフ | アッラーフ | クルアーン | アラビア語 | 禁止 |
※普通名詞とは日本語で言う「神」のこと。固有名詞とは「アマテラス」などの神様の名前に当たります。イスラム教の「神」は普通名詞も固有名詞もアッラーフであるため「神という名を持つ神」ということになります。
2 アダム(アーダム)
神によって創造された最初の人間になります(上の絵は神によるアダムの創造)。旧約聖書によるとアダム誕生は紀元前40世紀頃(BC4026~3096年)で、930歳まで生きたことになっています。旧約では土から作られたことになっていますが、クルアーンでは精液(血液)から作られます。また、アダムを誘惑したのはヘビではなくサタン(イブリース)であり、サタンも楽園を追放されます。さらに、アッラーフはアダムに「やがて汝(なんじ)らに導き(クルアーン)をつかわすだろう。」と語り、子孫へのクルアーンの啓示をほのめかします。このことから、イスラム教においては最初の預言者(神の言葉を預かる者という意味)と捉えられています。
※クルアーンにはありませんが、聖書にはアダムからイエスまでの系譜が載っており、アダムからの世代を計算することが可能になります。
3 ノア(ヌーフ)
ノアはアダムから数えて10世代目の子孫になり、誕生は紀元前30世紀頃になります。
神のお告げに従い箱舟を造り大洪水を生き延びた、という記述から彼も神の言葉を預かる預言者であると捉えられています。旧約聖書によるとノアは950歳(BC2970~2020年)まで生きたことになりますが、大洪水はノアが600歳の時であるため、紀元前2370年頃ということになります。なお、旧約の世界観ではノア以外の一族は死滅してしまったことになっているため、全ての人類の共通の祖先ということになるようです。
※ 日本の古事記にも共通しますが、 初期の人物は異常なご長寿が多いのが特徴です。
4 アブラハム(イブラーヒーム)
旧約聖書によるとアブラハムはアダムから数えて20世代目の子孫になり、紀元前20世紀頃の人物になります。異なる妻の元にイサクとイシュマエルという子供をもうけますが、このイサクがすべてのユダヤ人の創始、イシュマエルが全てのアラブ人の創始となるため重要な人物です。アブラハムは 神の命令に従いイサクを犠牲に捧げようとした(上の絵はこの場面を描いたものになります)ことで神の信頼を獲得し、以後子孫繁栄を約束されました(旧約聖書)。
イスラム教では「メッカのカアバ神殿」はアブラハムとイシュマエルによって建てられたことになっており、イスラム教の創始者として扱われています。
旧約では175歳で亡くなります。
5 モーセ(ムーサー)
旧約によるとイサクの孫のヨセフ(23世代目)の時代、パレスチナで飢饉が起こりユダヤ人達は集団でエジプトに移住します。しかし彼らはやがてエジプトで奴隷状態となり、400年の月日が流れます。
そして紀元前15世紀頃、ユダヤ人レビ族(イスラエル12部族の1つ)のモーセが奴隷状態だったユダヤ人を率いて脱出し、シナイ山で神ヤハウェとの間に「神の10の戒め(十戒)を守る代わりにパレスチナの地を与える」という契約を結びます(上の絵はこの十戒の石板を持つモーセ)。ユダヤ人たちはこの契約に基づきパレスチナの先住民たちを滅ぼして定住を果たしました。モーセは120歳ほどまで生きたことになっています。海を割ったことでも有名ですが、クルアーンではモーセが行った数々の奇跡が繰り返し語られます。
6 ダビデ(ダーヴド)
パレスチナに定住を果たしたユダヤ人達は、しばらくの間周辺民族との戦乱に明け暮れますが、やがて王をたてます。そのイスラエル王国2代目の王がユダ族(イスラエル12部族の一つ)のダビデになります。旧約聖書によると、紀元前10世紀頃(BC1040~961年)の人物で初代アダムから数えて34世代目の子孫。3メートルの巨人ゴリアテを打ち取り、イスラエル繁栄の基礎を築きます(上のダビデ像はこのゴリアテを打ち取る直前の様子を描いたものになります)。神ヤハウェからも祝福され、 後にユダヤ人に苦難が続くと、ユダヤ人預言者たちは「ダビデの末裔からやがて救世主が現れるだろう」と預言するようになります(旧約聖書)。実在した人物で預言者の一人と見られています。
7 ソロモン(スレイマーン)
ソロモン(BC1011~931年)はダビデの息子(35世代目)でイスラエル王国3代目の王。神により善悪を判断する知恵を授けられ(上の絵は親権を主張する二人の母親に対し「剣で子供を切って分けよ」と命じ、拒否した女に子供を与えたとされる有名な「ソロモンの裁き」)、エルサレム神殿も築き、イスラエル王国の最盛期を迎えます。しかし旧約の世界観では、出身部族のユダ族を優遇し、重税を課して享楽に耽り、さらにはヤハウェ以外の神々も認めてしまったため神の怒りを買い、その後のイスラエル王国の南北分裂と衰退を招いたという評価になっています。一方イスラム教では、ソロモンは知恵に満ちた預言者として非常に尊敬されており、ムハンマドの原型と考えられています。
8 イエス(イーサー)
紀元前4年頃、ダビデの末裔から預言通り現れた救世主(BC4~AD30年)。アダムから数えて62世代目の子孫で、ユダヤ人ユダ族。新約聖書では聖母マリア(ダヴィデの末裔)から生まれますが、処女懐胎であり神(ヤハウェ)の子とされています。数々の奇跡と愛の教えで人々の心をつかみますが、やがて反感をかい十字架で処刑されます(紀元30年頃:上の絵は処刑直前の「最後の晩餐」)。 そして「イエスは神の子(=神)であり、神を信じれば誰でも救われる」という教義が後に弟子たちによって作られていきます。「キリスト」というのはギリシャ語で救世主を表し、イエスが名前になります。
キリスト教では神(ヤハウェ)と神の子イエス、そして精霊を合わせて「神」とする「三位一体」という考え方を取ります。 しかしユダヤ教では、イエスは「神でもなければ救世主(ヘブライ語ではメシア)でもない」という立場を取ります。そしてイスラム教クルアーンにおいても聖母マリアとイエスの説話は度々登場しますが、「イエスは神ではない。預言者の一人である。」という立場を取っています。クルアーンの中ではイエスが預言者として「後の預言者ムハンマドの到来」を預言する場面も描かれています。
9 ムハンマド
紀元570年頃メッカでアラブ人(アブラハムの子イシュマエルの子孫)のクライシュ族に生まれますが、十歳までに保護者に次々と死なれ孤児同然の幼少期を過ごします。この体験が孤児や弱者の救済を繰り返し訴えるクルアーンの世界観に反映されていると言われています。
25歳頃、同じクライシュ族の裕福な未亡人ハディージャ(40歳)と結婚し、610年頃(40歳前後)から以後約20年間にわたって神の啓示を受け続けます。
弱者に優しいクルアーンの思想がメッカの住民の心をとらえ、クルアーンの教えに基づくイスラム教集団を形成しますが、やがて反感を買い迫害の対象となったムハンマドは、622年メッカを脱出してメディナ(メッカの北約350キロ)に移ります。これを聖遷(ヒジュラ)と言い、この622年をもってイスラム暦の元年としています。その後は対立するクライシュ族やユダヤ人たちとの間で624年バトルの戦い(勝利)、625年ウフドの戦い(敗北)、627年ハンダクの戦い(勝利)、と武力闘争を繰り返します。630年にはメッカを奪還し、亡くなる632年にはアラビア半島はほぼイスラム教に改宗しており、これが後のイスラム帝国の礎になります。ムハンマドは預言者であるのと同時に、政治指導者、そして軍の最高司令官でもありました。
クルアーンによると、アダムへの「子孫へのクルアーンの啓示の予告」、イエスへの「預言者ムハンマドの到来の預言」を踏まえ、「クルアーンを伝えるために預言通り現れた最後の預言者ムハンマド」という立場を取っています。
登場人物のまとめ
紹介した登場人物たちを簡単に表にまとめておきます。
名前 | 世代 | 誕生 | 寿命 | 特徴 |
アダム | 1 | BC40世紀頃 | 930歳程 | 楽園を追放され子孫にクルアーンの啓示を予告される |
ノア | 10 | BC30世紀頃 | 950歳程 | 大洪水を生き延び全ての人類の共通の祖先となる |
アブラハム | 20 | BC20世紀頃 | 175歳程 | すべてのユダヤ人とアラブ人の共通の祖先でイスラム教の創始者 |
モーセ | ? | BC15世紀頃 | 120歳程 | ユダヤ人を率いて神とパレスチナの地を得る契約を結ぶ |
ダビデ | 34 | BC10世紀頃 | 80歳程 | ダビデの末裔から救世主が現れるだろう |
ソロモン | 35 | BC10世紀頃 | 80歳程 | 異教の神を認め神の怒りを買う |
イエス | 62 | BC4年頃 | 34歳程 | ダビデの子孫から預言通り現れた救世主 クルアーンでは預言者として預言者ムハンマドの到来を預言 |
ムハンマド | ? | AD570年頃 | 62歳程 | アダムに予告されたクルアーンの言葉を伝えるため、イエスの預言通りに現れた最後の預言者 |
エンディング
クルアーンでは聖書の物語が繰り返し語られますが、アッラーフが至るところで「聖書ではこうなっているが、実はこうなんだ!」と微妙な修正を加えます。中でも重要な修正を加えるのがアブラハムとイエスです。
クルアーンでのアブラハムのエピソードは「メッカのカアバ神殿」が聖地の根拠となるものであり、イスラム教の教義の根幹にかかわる非常に重要な記述になります。
一方イエスについては、神ではなく預言者の一人であると修正された上で、最後の預言者ムハンマドの到来を預言します。
お時間のある方は、この預言者たちの繋がりを整理した上で、なぜ「メッカのカアバ神殿」と「エルサレムの岩のドーム」が聖地なのか?(3ページ目)、なぜイエスは神ではないのか? (4ページ目)を読んでみて下さい。きっと理解が深まると思います。