「失われた時を求めて」という小説を聞いたことがありますか。
 
 
マルセルプルーストという人が、1913年〜27年にかけて書いた小説です。
 
日本ではあまりなじみがある小説ではないかもしれませんが、世界的にはとても有名な小説で、
 
20世紀文学の金字塔とまで言われた作品です。
 
読む人によっていろんな顔を見せてくれる小説ですが、1番の特徴は超長いこと
 
とにかく読みきることが難しい。
 
読み切っただけで「武勇伝」。
 
こんなふうに言ってしまうことができる小説です。
 
本が好きな方とっては、「いつかは読みたいと思いながら、いつまでも読むことができない本」の代表格なのではないでしょうか。
 
 
…実はそんなランキングもあるんですよ。
少しご紹介しますね。
 
2011年に朝日新聞が「いつかは読みたい本ランキング」という調査を行いました。
 
その結果は次のようになりました。
 
①紫式部「源氏物語」
②司馬遼太郎「坂の上の雲」
プルースト「失われた時を求めて」
⑥柳田国男「遠野物語」
⑧「万葉集」
⑨吉田兼好「徒然草」
⑪マルクス「資本論」
⑫タンダール「赤と黒」
⑬「旧約新約聖書
⑭ミッチェル「風と共に去りぬ」
⑮ゲーテ「ファウスト」
⑯松尾芭蕉「おくのほそ道」
⑰ユーゴー「レ・ミゼラブル」
⑱宮沢賢治「銀河鉄道の夜」
⑲セルバンテス「ドン・キホーテ」
⑳ブロンテ「嵐が丘」
(2011/01/15付「朝日新聞」より)
 
これは朝日新聞の会員2,500人に対するアンケート結果ですが、「失われた時を求めて」が第5位にランクインされています。
 
日本人に対するアンケートですから、当然日本の文学が上位にきますよね。
 
海外の小説の中では「カラマーゾフの兄弟」「戦争と平和」に次いで第3位。
 
ここに登場する本の多くは長編ものなのですが、計算したところ、この中では「失われた時を求めて」が最も長い本になりました。
 
今回は、とにかく長くて挫折者が多いことでも有名な、マルセルプルーストの「失われた時を求めて」を紹介したいと思います。
 
お急ぎの方は、あらすじから読んでも大丈夫ですよ。
 
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目次

概要 ざっくり解説 この本どんな本?

「愛と嫉妬とスノビズム」をテーマにした自伝的小説です。
 
「失われた時を求めて」は19世紀末から20世紀初頭にかけての、主にフランス・パリでの社交界を舞台にした、作者マルセルプルーストの自伝的小説になります。
 
主なテーマは「時と記憶」、それに加え「愛と嫉妬とスノビズム」
 
上流階級で生まれ育った主人公「私」の、幼少期から初老に至るまでの半生を描いた物語です。
 
今では世界の中心といえばアメリカになりますが、第一世界大戦前の時代というのは、世界の中心はヨーロッパであり、中でも一番の花の都はパリでした。
 
そのパリには、世界中の芸術家が成功求めて集まり、有力な貴族を中心に芸術、歴史、社会、その他いろんなこと話題に語り合うサロンを形成しました。
 
主人公である「私」は、その中でも一番の有力な貴族であるゲルマント公爵夫人に憧れ、何とか彼女に近づこうとする。
 
そして愛と嫉妬とスノビズムの渦巻く社交の世界へとどっぷりと入り浸って行く…。
 
おおざっぱな流れはこんな感じです。
 
 
基本的に主人公の一生を追いかけていくだけであり、複雑なあらすじがあるわけではありません。
 
社交界に出入りする人々の愛と嫉妬の日常と、彼らの主人公の記憶との結びつきが大きなテーマになります。
 

登場人物

この小説の主要な人物だけを簡単にご紹介します。
 

物語の語り手で主人公。これだけの大長編小説でありながら、苗字も名前も一切出てきません。パリの裕福なブルジョワ家庭の一人息子で、読書好き。将来は小説家になることを夢見ている。病弱な体質で、幼少期は家族とともに、休暇を父の故郷のコンブレーで過ごす。ゲルマント公爵夫人に憧れ社交の世界へ入り浸り、アルベルチーヌとの恋愛に明け暮れる。作者マルセル・プルーストと境遇も性格も非常に近いとされています。
 
 

教養が深くて控えめ、主人公に一心に愛情注ぎ、「私」に本を読み聞かせたり、おやすみのキスをする。プルーストの実の母親はユダヤ人ですが、小説の中での母親はキリスト教徒です。
 
 

高級官僚で人脈も広い。なお、プルーストの実の父親は医者。
 
 

祖母(バチルド)

主人公の母方の祖母。母同様教養が深くて、プルーストに愛情を注ぐ。本編中で病死しますが、ある日ホテルでブーツを脱ごうとした瞬間、突然祖母の顔を思い出し、その時初めて祖母の死を実感するという「無意識的記憶」を経験します。プルーストは、自分の意思とは無関係によみがえってくるこの記憶の現象を「心の間歇」と呼んでいます。
 
 

ゲルマント公爵(バザン)

フランスを代表する名門貴族で、フォーブルサンジェルマン(社交界の中心)の最高の地位にある家柄の当主。シャルリュス男爵の実の兄で、夫人オリヤーヌとは従姉妹。妻の発揮する社交界での才気(エスプリ)が自慢。
 
 

ゲルマント公爵夫人(オリヤーヌ)

バザンの従姉妹にして奥さん。美しく才気があり、パリ社交界の花形。主人公「私」は彼女に憧れ、人脈をたどって何とか近づこうとする。
 
 

シャルリュス男爵(パラメード)

ゲルマント公爵の弟にして、傲岸不遜な変態貴族。ユダヤ人スワンと仲が良く、チョッキ屋ジュピアンやバイオリニスト・モレルとの男色(作品の中では男色のことをソドムと表現します)を重ねる。第一次大戦後はモレルに捨てられ、脳卒中で倒れ、おいさらばえた姿となる。
 
 

スワン(シャルル)

美術と文学に造詣が深いユダヤ人の裕福なブルジョワで、主人公一家のコンブレーでの隣人。その教養の高さから、一介のブルジョアでありながら上流社会の寵児となり、ゲルマント家とも仲がいい。しかし高級娼婦オデットとの結婚により、立場に陰りが出る。
 
 

スワン夫人(オデット)

元高級娼婦。高級娼婦とは上流貴族や金持ちを相手にして男から男へと渡り歩く女たちのこと。スワンとの間にジルベルトが生まれるが、社交界からは冷たくされる。
 
 

ジルベルト・スワン

スワンとオデットの娘で、幼い主人公の初恋の相手。後に主人公の親友サン・ルーと結婚して娘を設ける。物語の最後で主人公がその娘を見たとき、「私」の中で「スワン家」と「ゲルマント家」の記憶が融合する。
 
 

ロベール・ド・サン・ルー

ゲルマント一族のイケメン貴公子だが、リベラルな考えを持っており主人公と仲がいい。後にスワンの娘ジルベルトと結婚し、娘を設けるが、モレルとの男色(ソドム)の関係を続ける。サン・ルーは第一次世界大戦に従軍して戦死します。なお、名前の中にある「ド」と言うのは、貴族を表します。
 
 

モレル

才能豊かなイケメンバイオリニスト。シャルリュス男爵に愛され援助を受けるが、後に男爵を裏切る。サン・ルーにも愛され男色(ソドム)の関係を持つが、サン・ルーをも裏切る。倫理観の乏しいスノビズムな裏の顔を持つ野心家。
 
 

アルベルチーヌ

主人公の恋人。バルベックで知り合った「花咲く乙女たち」の一人。不審な行動とるアルベルチーヌに対して、主人公は疑惑と嫉妬の目を向け、束縛しようとする。2人はすれ違い、彼女は疾走して事故死。主人公は激しく後悔し、心に大きな傷を残す。彼女の浮気相手は女だった。(つまり彼女も同性愛者(ゴモラ))アルベルチーヌのモデルは、プルーストの恋人だった青年(ブルーストは同性愛者です)で、同じように事故で亡くしています。
 ※ソドムとゴモラというのは、旧約聖書の創世記に登場する町の名前になります。この町に住むものは情欲の罪を犯したとして、神に滅ぼされました。
 
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あらすじ

こちらは、フランスのドラマの抜粋になります。フランス語ではありますが、あらすじを一通り読んでいただければ、楽しんでいただけると思います。
0:10 プチット・マドレーヌ菓子を口に入れた途端、幼い頃にコンブレーで味わったマドレーヌ菓子を思い出す。
2:45 アルベルチーヌの浮気に嫉妬し、苦しめられる主人公。

第一篇 スワン家の方へ

コンブレー

ある冬の日に、自宅で何気なく紅茶に浸したプチット・マドレーヌ菓子を口に入れた途端、幼い頃にコンブレーで味わったマドレーヌ菓子を思い出しますそれと同時に幼いコンブレーの記憶が鮮やかに蘇り、幸せな思い出に包まれます。(無意識的記憶)
 
そのコンブレーには「スワン家の方」(メゼグリーズ)と「ゲルマントの方」の2つの方角の散歩道がありました。
 
「スワン家」の方角は、その後のブルジョワ世界に関する記憶と密接に関わって行きます。
 
一方「ゲルマント家の方角」は貴族社会に関する記憶と密接に関わっていきます。
 
 

スワンの恋

ここで話は主人公が生まれる前に遡ります。
 
ユダヤ人でありながら、社交界トップの常連だったスワンが、高級娼婦オデットに興味を持ち、恋と嫉妬を繰り返します。
 
スワンはオデットとの結婚によって、社交界で地位を落とします。
 
 

第二篇 花咲く乙女たちの影に

幼い主人公とジルベルト(スワンとオデットの娘)との恋愛が始まります。
 
スワン家との家族ぐるみの付き合いになりますが、やがてすれ違い破局。
 
恋しさと募る想いに苦しみますが、やがて時間が解決します。
 
 
第二篇の後半からは「ゲルマントの方角」の人物、貴族たちとの関わりが語られ始めます。
 
ゲルマント家の貴公子サン・ルーと仲良くなり、ゲルマント公爵の弟シャルリュス男爵などとも知り合いになります。
 
さらにバルベックでは、アルベルチーヌと知り合い、彼女に恋をします。
 
キスを迫りますが、この時はアルベルチーヌに拒否されます。(一旦破局します)
 
 

第3篇 ゲルマンとのほう

主人公はパリのゲルマント家の館の一角に引越し、一流貴族たちが集まるフォーブルサンジェルマンのサロンに出入りするようになります。
 
フェードルの観劇の際に、ゲルマント公爵夫人を見かけた主人公は、彼女に憧れ夢中に…
 
主人公は同じゲルマント家の一員であるサン・ルーとの交友を深めて、なんとかゲルマント公爵夫人に近づこうとします。
 
やがて主人公は憧れのゲルマント公爵夫人と言葉を交わし、夕食に招かれたりするようになりました。
 
しかし、パリの社交界で最も輝かしいゲルマント公爵夫人に近づくと、彼女への一方的な愛情は覚め、上流社会の滑稽で醜い人々の正体が徐々に見えてくるようになります。
 
ここでアルベルチーヌが突然現れ、彼女との恋が再燃することになります。
 
 

第4篇 ソドムとゴモラ

主人公はゲルマント家の館の中庭で、シャルリュス男爵に偶然出会ったチョッキ屋のジュピアン(男)が、瞬時になまめかしいポーズをとり、シャルリュス男爵に求愛のしぐさをするシーンを目撃します。
 
プルーストはこれを、マルハナバチとランの花の出会いに例えます。
 
そしてこれを境に、上流社会の登場人物たちに次々と同性愛が発覚することになります。
 
シャルリュス男爵とモレルの関係も同性愛。
 
さらに恋人アルベルチーヌにも同性愛の兆候が…
 
主人公は激しい嫉妬に駆られ、彼女を自宅に監禁状態にしようとします。
 
 

第五篇 囚われの女

 
結婚を前提に、パリでアルベルチーヌとの同棲生活が始まります。
 
しかし彼女の同性愛の疑惑が晴れず、主人公は愛と嫉妬に憎しみ、彼女をますます束縛します。
 
追い詰められたアルベルチーヌは、ある日突然失踪してしまいました。
 
 

第六篇 逃げ去る女

失踪中のアルベルチーヌは、落馬事故で命を落とします。
 
その知らせを受け取ると、彼女の記憶が次々と蘇り、主人公を苦しめます。
 
「私」は彼女の隠された過去を調査し、彼女が同性愛者(ゴモラ)であることを突き止めますが、その行いは主人公の苦しみをますます深めることになりました。
 
 
アルベルチーヌへの思いが消え、ようやく彼女を忘れることができたころ、長いこと連絡が途絶えていたジルベルトから電報が届きます。
 
ジルベルトは主人公の親友サン・ルーと結婚していました。
 
 

第七篇 見出された時

主人公はコンブレーにおいて、ジルベルトからそれまで全く別方向だと思っていた「ゲルマントの方」と「スワン家の方」が、意外な近道でつながっていたことを知らされます。
 
 
やがて第一次世界大戦が始まります。
 
シャルリュス男爵は愛国心を示さず、ジュピアンの営むあやしいホテルで、マゾヒズムの変態プレイに耽るようになります。
 
そして親友サン・ルーもこの売春宿で同性愛にふけっていたことが発覚します。
 
サン・ルーは戦争で命を落としてしまいました。
 
モレルは自分を引き立ててくれたシャルリュスを裏切り、その後サン・ルーの愛人になりましたが、サン・ルーをも裏切りました。
 
 
 
第一次世界大戦が終わり、病気療養中だった主人公は、久しぶりにゲルマント大公夫人のパーティーに招かれます。
 
そこで中庭の敷石でつまずいた瞬間、ベネチアで同じ体験をしたことを思い出し、これをきっかけに鮮やかな「無意識的記憶」が次々と蘇り、幸せな思い出に包まれます。
 
この時主人公は、この記憶が引き起こす一瞬の至福と喜びを、文学として残そうと決意します。
 
 
さらに主人公がサロンに入ると、みんなすっかり歳をとって、様変わりしてしまっていました。
 
主人公は残酷な時の経過を思い知らされます。
 
ここで主人公はサン・ルーとジルベルトの娘に出会います。
 
ゲルマント家とスワン家の両方の面影を残す彼女の容姿を見たとき、主人公の記憶の中で「スワン家の方」と「ゲルマントの方」の2つの散歩道が融合しました。
 
時と記憶がもたらす至福を噛み締めながら、主人公は作品に残すことを予告して物語は終わります。
 
 
こちらは第7編の「見出された時」だけを映画化したものになります。 あまりにも長すぎて、全体を映画化することはできなかったそうです。主人公「私」がプルーストそっくりと評判の作品です。ただこちらは、本編を一読してからの方がいいと思います。
 
 

この小説のテーマ

 「ユダヤ人と同姓愛者」のテーマが根深い!

 
この小説はプルーストの自伝的小説と言われますが、厳密な意味で自伝とはちょっと異なります。
 
実はプルースト自身はキリスト教を信仰しましたが、母親がユダヤ人であり、いわゆるユダヤ系と言われる人でした。
 
そして同性愛者でもありました。
 
しかし、主人公「私」はユダヤ系でもなければ、同性愛者でもありません。
 
つまりこの小説は、もしもプルーストがユダヤ系でも同性愛者でもなかったら、と仮定した場合の自伝小説。
 
そんなふうに言えると思います。
 
彼は「ユダヤ系」であることと「同性愛者」であることに、コンプレックスを感じていたのかもしれませんね。
 
 
面白いのは主人公がユダヤ系でもなく、同姓愛者でもない代わりに、主人公「私」の周辺に次々とユダヤ人と同性愛者が現れること。
 
特に同性愛者については、物語のある時点を境に、周囲の人間が次々と同性愛者であることが発覚していきます。
 
これは当時はまだ同性愛というのはタブーであり、同性愛をテーマにした小説など出版できなかったため、プルーストが同姓愛者の伏線だけ張って隠しておいた、という事情があるようです。
 
そして気がつくと自分の周りは同性愛者だらけ。
 
極めつけは自分の恋人まで、実は同性愛者だったことが発覚します。
 
この小説ではユダヤ人と同性愛の問題が本当に深く根を張っています。
 
ユダヤ人について詳しく知りたい方にはこちらがお勧めです。
 
 

 もう一つのテーマ 「時と記憶」の描写が見事!

 
もう一つの大きなテーマが「時と記憶」
 
プルーストは「無意識的記憶」と表現してます。
 
 
 
第一篇 「紅茶に浸したマドレーヌを口に含んだ瞬間に、幼い頃の田舎町コンブレーの記憶が原因不明の快感とともに蘇る…」
 
第七篇 「敷石につまずいた途端に、ベネチアのサンマルコ寺院の記憶が喜びとともに蘇る…」
 
 
こんな感じです。
 
何かの拍子に、突然記憶がよみがえってきて幸せな気分になる。
 
これは誰もが共感できる体験だと思いますが、プルーストはそれを文学として本格的に表現するために推敲を重ねました。
 
プルースト独自の体験を、それが味覚であれ感覚であれ記憶であれ徹底的に掘り起こして分解し、
 
彼の圧倒的な語じょうと比喩力により、誰もが共感できる普遍性のある文章へと、再構成しようとしています。
 
ストーリーうんぬんよりも、いかに感覚的なものを表現するかを重きを置いているため、
 
1つの文章に描写だけでなく感覚や感想が入り混り、複雑な長い文章となってます。
 
少し例を示しておきますね。
 
これはこの小説の冒頭部分。有名な箇所です。
 
「長いあいだ、私は早く寝るのだった。ときには、ろうそくを消すとたちまち目がふさがり、「ああ、眠るんだな」と考える暇さえないこともあった。しかも30分ほどすると、もうそろそろ眠らなければならないという思いで目が覚める。私はまだ手にしているつもりの本をおき、明かりを吹き消そうとする。眠りながらも、たった今読んだことについて考え続けているのだ。ただしその考えは少々特殊なものになりかわっている。自分自身が、本に出てきたもの、つまり協会や、四重奏曲や、フランソワ一世とカルル五世の抗争であるような気がしてしまうのだ。こうした気持ちは、目が覚めてからも数秒の間続いている。それは私の理性に反するものではないけれども、まるで鱗のように目の上にかぶさり、ろうそくがもう消えているということも忘れさせてしまう。…」
 
いかがでしょうか。
 
 
何となくイメージできました?
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失われた時を求めての特徴

 
 

とにかく長い  文字数を計算してみたら約385万字になった!

 
この小説はとにかく長いです。
 
僕は集英社の文庫本13巻をセットで購入して読みました。
 
僕が数えたところ、全13巻のボリュームは、はじめに(簡単な解説)と本篇だけで6517ページになりました。
 
訳注や登場人物、エッセイ、索引、後書など全部合わせると7500ページ程にもなります。
 
13巻をすべて並べると幅がちょうど30センチにもなります。
 
 
1ページあたりの字数は37×16行=592文字
 
全体では単純計算で592字×6517ページ=3858064文字(約4百万字近く)になります。
 

※他の本の文字数も計算してみた!

冒頭で「いつか読みたい本ランキング」をご紹介しました。
このランキングでは「失われた時を求めて」は第5番目になりましたが、海外の本に限定すると「戦争と平和」「カラマーゾフの兄弟」に次いで第3番目になります。
 
同じやり方で字数を計算してみたところ、このようになりました。
「戦争と平和」は1,841,295文字(約180万字)
「カラマーゾフの兄弟」は1,202,624文字(約120万字)
 
つまり「失われた時を求めて」
「戦争と平和」の約2倍
「カラマーゾフの兄弟」の約3倍
のボリュームになる、と思っていただいていいと思います。
 
なお、ランキング内で2番目にボリュームの大きい本は、マルクスの「資本論」で、2,690,811文字(約270万字ほど)になりました。
(※あくまで隙間なく文字が埋まっていたと仮定した場合の計算です。しかも日本語での文字数です。厳密には考えないでください。)
 
 

読むための準備!

この小説は挫折する人が多いことでも有名です。
 
読みきるためのコツがあるとすれば、あらかじめ読書のための十分な時間を確保しておくことだと思います。
 
そして読み始めたら、可能な限り一気に読みきることをお勧めします。
 
途中で止めると再チャレンジの際、また最初から読み直すことになります。
 
ただ、一度読みきってしまえば、次はどこからでも読み直すことができます。
 
好きなところだけをじっくり堪能することもできます。
 
僕は以前、ほぼ読書に専念できる環境を整えた上で読み始め、15日かかりました。
 
僕は読むのが決して早い人間ではなく、特殊な読み方もしてません。
 
標準的なスピードだと思ってます。
 
ただし、この期間は毎日読書マシーンです。
 
とても疲れました。
 
胆力が必要です。
 
一つの目安にしていただければと思います。
 
 
 

この小説は難しい 西洋の歴史、芸術、社会の知識が必要

 
「失われた時を求めて」は、日本人にとってはかなり難しい小説になります。
 
物語の大半が社交の場面になりますが、話の文脈を捉えたれたり、プルーストの比喩を理解するには、西洋の歴史、芸術、社会などの知識がかなり必要になります。
 
でも西洋で義務教育を受けていないと、たぶんちょっと厳しいです。
 
この本を読んで退屈だったと答える日本人が多いのは、多分そのあたりが原因になると思います。
 
丁寧な訳注はありますが、頻繁にチェックすると本編の文脈が飛んで、話がわからなくなります。 
 
物語の流れを重視するのであれば、細かい話の内容は、あまり追いかけすぎない方がいいかもしれません。
 
ですが、ある程度社交の会話についていかないと、全体像が見えなくなる可能性があります。
 
ちょっと難しいところです。
 
僕も読んでいて嫌になりました。
 
 

記憶と密接に結びついたストーリー展開

 
この小説はプルーストの記憶の中を旅するような物語です。
 
その大筋は幼い頃のコンブレーでの散歩の方角である、スワン家の方(メゼグリーズの方)とゲルマントの方に大きく分かれてます。
 
登場人物、物語の進行なども大きくこの2つに分かれて、主人公の記憶の中でもこの散歩の方角に密接に結びついています。
 
そして、この2つの方角が、いろんな形で対立したり関連しあったりしながら、最終的に合体するという構造になってます。
 
つまり、全体像を意識しながら読む必要があります。
 
ただ、何の予備知識もなくいきなり読み始めてしまうと、その全体像に気づくことは多分厳しいと思います。
 
プルーストの豊饒な比喩表現を堪能するだけで終わってしまいます。
 
詳しい訳注がありますので、その都度しっかり読み込めば理解はできるのですが、
 
新たに詰め込む知識の量が多くなるほど、それが負担になって肝心な本編が頭に入ってこない、
 
もしくはすぐ忘れてしまうと言うジレンマに陥る可能性が高いです。
 
 

攻略方法 予習と読書時間の確保

 
この本は長すぎる上、訳注をチェックするたびに話が飛ぶので、混乱して読むのが嫌になります。
 
そこで、ある程度予習をしてから読むことをおすすめします。
 
僕は「集英社新書のプルーストを読む」(鈴木道彦)、「イーストプレスの漫画で読破」、を読んで、ある程度イメージを作ってから本編を読みました。
 
どちらも、本編を読む上でとても役に立ちました。
 
この「まんがで読破シリーズ」というのは、実は本によって結構当たり外れが大きいのですが、「失われた時を求めて」に関してはかなり成功している部類になると思います。
 
かなり難しいテーマを扱った小説だと思いますが、本編をとてもわかりやすく再現してくれています。
 
話の全体像をイメージしやすいという意味では、こちらの「漫画で読破シリーズ」の方がオススメです。
 
この本を読むにあたってもう一つおすすめしておきたいのが、十分な時間の確保
 
そして可能な限り短期決戦を挑むこと
 
社会人の方にはほぼ不可能な注文にも思いますが、
 
読書期間が長びくと、結局ほとんどの方が挫折してしまいます。
 
 
たまに「1年以上かけてこつこつと読みつないだ」という話も聞きますが、現実的な話ではないと思います。
 
 
1年もかかってしまっては、最初の頃の話はほとんど記憶に残ってないでしょう。
 
 
 
 

どの翻訳がおすすめ?

 
失われた時を求めては多くの訳が出版されてます。
 
 
僕は集英社の文庫を13巻セットで購入しました。
 
 
「集英社」の他にも「岩波」「光文社」からも出版されてます。
 
 
少し古いですが、「ちくま文庫」からも出版されてまいした。
 
 
「集英社」はプルーストの原文に忠実で、訳注が充実しているのが特徴です。
 
 
ただし、訳注が巻末にあるため行ったり来たりがめんどくさい
 
 
 
これに対し「岩波」「光文社」は、最小限の訳注をそのページに掲載してくれてます。
 
 
そして本編で紹介してくれる芸術作品を、挿絵で紹介してくれているのもありがたいです。
 
 
イメージしやすく、スピーディーに読めるといった印象です。
 
 
僕は「訳注というのは詳しくて充実しているほど、寄り道が増えるため、肝心な本編のあらすじを見失いやすい」=「挫折のリスクが高い」と思っています。
 
 
「まず一度読みきること」を目標にするのであれば、「岩波」か「光文社」の方がいいのかな、と思います。
 
 
 
 
 

社会人にはちょっとすすめられない本

 
この本は、社会人の方にはちょっとおすすめはできません。
 
 
長すぎます。
 
 
 
無理に読みきることを優先すると、仕事や家庭に支障をきたす可能性があります。
 
 
 
逆に高校生以下の方にもおすすめできません。
 
 
難しい上に、きちんと読もうとすると、2週間はかかります。
 
 
大事な受験のための時間をつぶしてまで、この本にトライする意味はほとんどないでしょう。
 
 
 
この本を読みきるには、大学生が卒論を1つ仕上げる位の時間とエネルギーが必要になるかもしれない、と思っています。
 
 
時間に余裕のある大学生大学院生、そして退職後に時間のできた方におすすめしたいです。
 
 

見所と感想

 

見どころ 同姓愛者の見事な比喩!

 
(第四篇の最初) チョッキ屋のジュピアン(男)が、傲岸不遜な変態貴族シャルリュス(男)に出会ったとき、
 
直感でシャルリュスが同性愛者であることを察知し、直ちになまめかしいポーズをとります。
 
それをプルーストはマルハナバチと蘭の花の出会いに例えます
 
その比喩が絶妙で見事です。
 
他にも見所はいっぱいありますが、ここは本編の中でも、同性愛者が次々と発覚するターニングポイントにもなっています。
 
僕も大好きなところです。
 
時間のない方はここだけチェックしてみても面白いかもしれません。
 
 

それでもプルーストが好き!

 
この小説は作者マルセルプルーストの自伝的小説ですが、主人公の「私」は定職にもつかず社交遊びと恋愛に入り浸っています。
 
プルーストは、「私」の周りの人間のスノビズムを徹底的に描いていますが、実はプルースト自身が、相当なスノブ根性を持っていたのだと思います。
 
社交界に自ら積極的に飛び入り、憧れの人に何とか近づこうとするその生き様自体が、スノビズム以外ではちょっと説明が難しいですからね…
 
でもそれって、誰しもが少なからず持っていると思います。
 
そしてその根性を表に出しすぎると、周りから叩かれますよね。
 
僕も心当たりがあります(笑)。
 
そしてプルーストと同じように好きな人に振り向いてもらえず、嫉妬と後悔にも苦しみます。
 
自分自身にも当てはまるところが多くて、どうしても嫌いになれないです…。
 
 
もう一つ、社交界で輝き続けるには教養が必要です。
 
そこで輝き続けるために、プルースト自身も教養を磨き続けてたことでしょう。
 
決して褒められた生き方ではないですが、
 
「本を読んで教養深めるっていいな…」
 
そんなふうに思わせてくれる魅力のある本だと思います。
 
僕はユダヤ人という不利な立場でありながら、自身の教養と才覚のみで上流社交会を渡り歩いた「スワン」も好きです。
 

源氏物語との不思議な共通点!

 
僕はこの小説を読んで、源氏物語ととても似ていると感じました。
 
日本最高の名門一族である天皇家と、その周辺をめぐる恋愛・栄枯盛衰の「源氏物語」
 
もう一方は、フランスきっての名門一族であるゲルマント公と、その周辺をめぐる恋愛・栄枯盛衰の「失われた時を求めて」
 
女御、更衣を中心とする文学サロンの形成に対し、フランス貴族達を中心とする芸術サロンの形成。
 
そして、どちらも大長編小説。
 
 
その不思議な共通点も興味深いのですが、プルーストよりも900年も昔に、これだけの大小説を書き上げた小説家が日本にいたことに驚かされます。
 
逆に18世紀以前の西欧には、源氏物語に肩を並べるような作品はちょっと見当たらないです。
 
 
こうして見てみると、「源氏物語」ってすごいですよね!
 
改めて紫式部と天皇家のパワーを思い知らされます。
 
いずれにせよ源氏物語を読んだことがある人であれば、さらに違った視点からも楽しむことができると思います。
 
時間のある方は、がんばってトライしてみて下さい。
 
 
僕はどちらも大好きです。
 
 
 
 
 
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